7.12 北海道南西沖地震から19年
2012年 07月 11日
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
皆さん、真っ暗な時間帯に大地震と大津波は想像できますか?この世が終わったと思いました。
あれは、札幌出張の前日で入浴を終えて、出張の支度を終えた所でした。
10時17分。ガツンと揺れて、大きな揺れが一分以上続きました。
テレビが落下し、照明が落下し、タンスが倒れ、ものすごい状態に。もちろん停電で何も見えず。スリッパを見つけ、スリッパを履いてなんとか玄関へ。
マイカーは、大きな揺れで前に進んだのでしょう。シャッターを突き抜けていました。
シャッターを上げて、マイカーを移動。
道路は、ガタガタ。自動車での移動が難しい住宅周辺でした。
開けていた窓は、反対側が開いてました。
想定外の横揺れでした。
停電に断水。風呂には、一週間入れませんでした。
明るくなり出社。朝一番で、被害が尋常ではない北檜山太櫓地区へ。この世と思えない光景が広がっていました。そう、津波でめちゃくちゃな状態に。大地震のあと住民は着の身着のまま裏山へ逃げたため助かった。しかし、住宅は、空襲の痕のようだった。道路に瓦礫が散乱し、家が道路を塞いでいた。言葉が出ないとはこのことだった。
対岸の奥尻島は、壊滅的な被害を受けて、死亡者が多数。そのため、火葬することが出来ず、北檜山で火葬された。福祉課の私は、そのお手伝いをさせていただいた。
トラックで遺体が運ばれた。お花を供えさせていただいた。涙をぐっと抑えた。被災者のお手伝いをさせていただいたことが、社会貢献をする事業所を開設するきっかけとなりました。
明日は、十九回目の7月12日。地震という大災害がもうおこらないようにお祈りさせていただきます。
改めて、お亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申し上げます。